大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成7年(行ケ)75号 判決 1996年2月29日

大阪府東大阪市菱屋西3丁目14番17号

原告

レバートルフ株式会社

同代表者代表取締役

栗山隆伸

同訴訟代理人弁護士

村林隆一

松本司

同訴訟代理人弁理士

三枝英二

掛樋悠路

中川博司

大阪府東大阪市小阪本町2丁目5番5号

被告

新居令子

大阪府東大阪市永和2丁目24番25号

被告

和田妙子

上記両名訴訟代理人弁護士

千田適

寺内清視

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成1年審判第20918号事件及び同第20919号事件について平成7年1月20日にした審決をいずれも取り消す。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決

2  被告ら

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

被告らは、「レバートルフ」の片仮名文字を縦書きにしてなり、指定商品を旧商標法施行規則(大正10年農商務省令第36号)15条の規定による商品類別第56類「肥料」とする登録第536652号商標(昭和33年4月23日登録出願、昭和34年6月11日設定登録。以下「本件商標(1)」という。)及び「レバートルフボカシ」の片仮名文字を縦書きにしてなり、指定商品を同上第56類「肥料」とする登録第536653号商標(登録出願日、設定登録日は本件商標(1)と同じ。以下「本件商標(2)」といい、本件商標(1)と本件商標(2)を「本件商標」と総称する。)の商標権者である。

原告は、平成1年12月18日、商標法50条1項(平成3年法律第65号による改正前のもの)に基づいて、本件商標の商標登録を取り消すことについて審判を請求し(審判請求の登録は平成2年2月5日)、本件商標(1)については平成1年審判第20918号事件として、本件商標(2)については同年審判第20919号事件として審理された結果、平成7年1月20日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との各審決がなされ、その謄本は同年2月27日原告に送達された。

2  審決の理由の要点(両審判事件に共通)

(1)  職権で調査したところによれば、請求人(原告)は、「レバートルフ」の片仮名文字を横書きしてなる平成1年商標登録願第142041号に係る商標及び「レバートルフボカシ」の片仮名文字を横書きしてなる平成1年商標登録願第142042号に係る商標を、いずれも第2類「肥料」を指定商品として出願し、本件商標を引用した拒絶理由通知を受け、現在審査に継続中であることが判明した。

してみると、請求人は、本件審判請求をするについて法律上の利害関係を有するものと認める。

(2)  本案について審理するに、乙第1号証ないし第3号証(審判時の書証番号)によれば、本件商標の通常使用権者と認められる「有限会社ボカシ」は、平成1年11月には、「レバートルフ」、「レバートルフボカシ」の各商標を使用した肥料に関する注文書及びリーフレットを作成し、宣伝広告していたと認めるのが相当である。そして、該使用商標は、本件商標とその書体、横書きと縦書きの差異はあるとはいえ、同一の綴文字より構成されるもので社会通念上同一のものといえる。

してみると、本件商標は、本件審判請求の登録前3年以内に日本国内において、指定商品「肥料」について使用していたものであるから、本件商標の登録は、商標法50条の規定により取り消すことはできない。

3  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(2)は争う。

本件商標は、本件審判請求の登録前3年以内に日本国内において、指定商品「肥料」について使用していたものであるから、本件商標の登録は、商標法50条の規定により取り消すことはできない、とした審決の認定、判断は誤りである。

(1)  被告らの主張(1)ないし(3)は認める。同(4)のうち、主張の日時に有限会社ボカシが設立されていることは認めるが、その余の事実は否認する。同(5)は争う。

(2)  被告らは、被告新居の自宅を本店所在地として有限会社ボカシを設立したが、同社には従業員が全くいないし、同所には同社の看板も掲示されていない。また、被告新居の夫新居廣一郎が経営する大阪レインボー販売株式会社(以下「大阪レインボー」という。)の本店所在地は有限会社ボカシの所在地と同じであり、目的も肥料の製造販売であるから、被告新居が大阪レインボーと同じ目的を有する会社を設立する意味は全くなく、実質上、大阪レインボーが本件商標を使用した商品を製造し、販売しているにすぎないのであって、有限会社ボカシは営業活動を行っていない。

このように、被告らは、本件商標を使用していることの外形を作っているにすきず、被告らは勿論、有限会社ボカシも本件商標を使用した事実はない。ただ、大阪レインボーが本件商標を使用しているとの事実があるだけであるが、同社は専用使用権者でも通常使用権者でもない。

(3)  審決は、有限会社ボカシが本件商標の通常使用権者であること、及び同社が平成1年11月に本件商標を使用していたことを根拠として、本件商標が本件審判請求の登録前3年以内に日本国内において使用されていた旨認定したものであるから、本訴における審理の対象は、上記各事実の存否ということであって、被告らがそれ以外の事実を当審において主張することは、不使用取消の審判を特許庁の権限とし、かつ、審判においてのみこれが商標登録を取り消し得るとした制度に反する。

被告らは、当審において、通常使用権者である原告が本件商標を使用ていた旨主張しているが、この主張は、審判において主張されず、審決においても全く判断されていないものであるから、当審において主張し、審理の対象とすることは許されない。

(4)  仮に、原告の上記主張が認められないとしても、被告らの主張は信義則に反するものであって許されない。すなわち、原告は、昭和52年に法人化して、岡本太郎(以下「太郎」という。)及び岡本フサエ(以下「フサエ」という。)の経営を承継し、本件商標も引き続き使用することになったが、被告らは、原告が上記使用をしている事実を知悉しながら、フサエに対して圧力をかけて、あえて本件商標権を譲り受け、かつ、平成1年10月14日付け通知書でその使用の中止を要求し、同年11月18日には有限会社ボカシを設立して、原告の本件商標の不使用の主張に対して、その実体がないにもかかわらず、有限会社ボカシにおいて本件商標を使用している旨主張しているものである。しかるにここに及んで、被告らが使用を拒否する、原告の本件商標の使用事実を、本件商標登録の取消を免れるための主張及び立証として援用することは信義則上許されない。

第3  請求の原因に対する認否及び被告らの主張

1  請求の原因1及び2は認める。同3は争う。審決の認定、判断は正当である。

2  被告らの主張

(1)  本件商標は、昭和33年4月23日に太郎が登録出願し、昭和34年6月11日に設定登録されたが、太郎は昭和42年3月11日に死亡し、昭和48年7月11日、同人から妻であるフサエに相続に基づく本件商標権の移転登録がなされた。平成1年3月27日、フサエから子である被告らに対し、昭和63年12月12日付け譲渡を原因とする本件商標権の移転登録がなされた。

(2)  原告は、昭和52年4月20日に被告らの姉妹である栗山恭子の夫栗山敬一郎が代表取締役となって設立した肥料の製造販売を業とする会社であるが、会社設立当初から、当時の商標権者であったフサエの許諾を得て、通常使用権者として、同社の製造販売する肥料に本件商標を使用していた。

(3)  被告らは、平成1年10月14日付け郵便にて、原告に対し、本件商標の通常使用権設定契約を解除する旨の通知をしたが、原告は、上記解除まで通常使用権者として本件商標を使用してきた。

(4)  被告らは、平成1年11月18日に肥料等の製造販売を目的とする有限会社ボカシを設立し、同社に本件商標の通常使用権を設定した。有限会社ボカシは、会社設立後直ちに本件商標を使用して園芸用肥料の販売を開始した。具体的には、大阪レインボーに商品の製造及び販売を委託しているのであるが、平成1年11月末頃から、大阪レインボーの顧客に対し、本件商標を使用した肥料のパンフレットや注文書を送付するなどして営業活動を開始し、平成2年1月1日発行の業界雑誌に本件商標を使用した肥料に関する広告を行い、同年1月と2月にはタキイ種苗株式会社ほかの展示会において販売活動を行った。

(5)  以上のとおり、原告自身、本件審判申立の直前まで通常使用権者として本件商標を使用していたものであるうえ、被告らは、本件審判請求の登録がなされた平成2年2月5日にはすでに、通常使用権者である有限会社ボカシをして本件商標を使用していたことが明らかである。

(6)  原告は、被告らは、審判において、原告が通常使用権者として本件商標を使用したことについて主張していない旨主張するが、被告らは、この点については審判手続の際に主張、立証しているものである。

また原告は、被告らが原告の本件商標の使用事実を本件商標登録の取消を免れるための主張及び立証として援用することは信義則に反する旨主張するが、通常使用権者として本件商標を使用していた原告が、不使用を理由とする取消審判の請求をすること自体甚だ矛盾するものであり、姉妹間の紛争を有利に解決するための便法であって、著しく信義則に反するものである。

第4  証拠

証拠関係は、記録中の書証目録・証人等目録記載のとおりである。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)及び2(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

2  そこで、審決を取り消すべき事由が存するか否かについて検討する。

(1)  本件商標は、太郎が昭和33年4月23日に登録出願し、昭和34年6月11日に設定登録されたが、同人は昭和42年3月11日に死亡し、昭和48年7月11日、同人から妻のフサエに相続に基づく本件商標権の移転登録がなされたこと、平成1年3月27日、フサエから子である被告らに対し、昭和63年12月12日付け譲渡を原因とする本件商標権の移転登録がなされたこと、原告は、昭和52年4月20日に被告らの姉妹である栗山恭子の夫栗山敬一郎が代表取締役となって設立した肥料の製造販売を業とする会社であるが、会社設立当初から、当時の商標権者であったフサエの許諾を得て、通常使用権者として、同社の製造販売する肥料に本件商標を使用していたこと、被告らは、平成1年10月14日付け郵便にて、原告に対し、本件商標の通常使用権設定契約を解除する旨の通知をしたが、原告は、上記解除まで通常使用権者として本件商標を使用してきたこと、被告らは、平成1年11月18日に肥料等の製造販売を目的とする有限会社ボカシを設立したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

(2)  成立に争いのない甲第6号証、乙第14号証、証人新居廣一郎の証言と同証言により真正に成立したものと認められる乙第1号証、第2号証、第3号証の1・2、第4号証、第13号証、同証言により有限会社ボカシが発売元の肥料の容器を平成1年11月30日に撮影した写真であると認められる乙第6号証を総合すると、被告らは、有限会社ボカシに対し、その設立と同時に、本件商標を無償で使用することを許諾したこと、有限会社ボカシは、被告新居の夫新居廣一郎が経営する大阪レインボーに園芸用肥料の製造及び販売を委託したこと、委託を受けた大阪レインボーは、平成1年12月はじめ頃から、「レバートルフ」、「レバートルフボカシ」の横書きの商標を表示し、「発売元 有限会社ボカシ」、「商品受注会社 大阪レインボー販売株式会社」と記載した園芸肥料用の注文書やリーフレットを大阪レインボーの顧客に送付したこと、有限会社ボカシは、平成2年1月1日発行の業界雑誌「月刊グリーン情報」に上記各商標を表示した園芸用肥料の広告を掲載したこと、有限会社ボカシが発売元となる園芸用肥料を納める袋には上記商標が表示されていること、平成1年1月20日頃からは、種苗会社等の展示会において、上記商標を使用した園芸用肥料の販売活動も行ったこと、以上の事実が認められる。

そして、上記使用商標は、本件商標とは、横書き、縦書きの差異はあるが、同一の綴文字から構成されるものであるから、社会通念上同一のものといえることは明らかである。

(3)  上記(1)、(2)の事実によれば、本件審判請求の登録前3年以内に、日本国内において、原告は、通常使用権者として本件商標をその指定商品に使用していたものであり、また、有限会社ボカシも、通常使用権者として本件商標をその指定商品に使用していたものと認められる。

原告は、有限会社ボカシの本店所在地が被告新居の自宅所在地と同じであること(東大阪市小阪本町2丁目5番5号)、同所には有限会社ボカシの看板が掲示されておらず、同社には従業員が全くいないこと、大阪レインボーの本店所在地は有限会社ボカシと同じであり、目的も肥料の製造販売であって、被告新居が大阪レインボーと同じ目的を有する会社を設立する意味は全くないことなどを挙げて、専用使用権者でも通常使用権者でもない大阪レインボーが本件商標を使用した商品を製造し、販売しているにすぎず、有限会社ボカシが本件商標を使用した事実はない旨主張するが、前掲各証拠に照らして採用できず、他に上記認定を左右するに足りる証拠はない。

(4)  原告は、被告らが、通常使用権者である原告が本件商標を使用していた旨主張している点について、この主張は、審判において主張されず、審決においても全く判断されていないものであるから、当審において主張し、審理の対象とすることは許されない旨主張する。

しかし、商標登録の不使用取消審決の取消訴訟における当該登録商標の使用の事実の立証は、事実審の口頭弁論終結時に至るまで許されるものと解すべきであり(最高裁第3小法廷平成3年4月23日判決、民集45巻4号538頁参照)、しかも、成立に争いのない甲第1号証の1・2によれば、審判手続において、被告らは、平成1年10月16日まで原告が通常使用権者として本件商標を継続して使用していたことを主張し、原告も本件商標を使用していたことは認めていたことが明らかであるから、原告の上記主張は理由がない。

また原告は、被告らは、原告が本件商標を使用している事実を知悉しながら、フサエに対して圧力をかけて、あえて本件商標権を譲り受け、かつ、原告に対し、その使用の中止を要求しているものであって、ここに及んで、被告らが使用を拒否する、原告の本件商標の使用事実を、本件商標登録の取消を免れるための主張及び立証として援用することは信義則上許されない旨主張する。

本件全証拠によるも、フサエから被告らに本件商標権が譲渡されたことの詳細な経緯は明らかでないが、原告の本件商標の通常使用権が被告らの解除通知により終了したものであるとしても、本件商標の不使用取消審判請求の被請求人となった被告らが、原告の本件商標の通常使用権者としての使用事実を主張、立証することは、商標登録の不使用取消の審判制度が設けられている趣旨からいっても、信義則に反するものとは認め難く、原告の上記主張は採用できない。

(5)  以上のとおりであって、本件商標は、本件審判請求の登録前3年以内に日本国内において、指定商品「肥料」について使用していたものであるから、本件商標の登録は、商標法50条の規定により取り消すことはできない、とした審決の認定、判断に誤りはなく、審決に取り消すべき違法はない。

3  よって、審決の取消を求める原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例